瀬谷教授からのメッセージ

 青森ねぶた健康研究所は青森大学に設置された創薬目的の講座でAMEDの支援を受けて発足しました。当講座の前身、ワクチン免疫学分野は2017年4月に産業創出講座として北海道大学本部が医学研究院に設置しました。設置の趣意はワクチンアジュバントの創製を企業と連携して推進することです。具体的なタスクは樹状細胞を標的とする免疫増強アジュバントとして国内外で要望の高いARNAX(別項参照)を臨床試験に導出することです。平たく言うと、免疫を強める薬を作って、健康長寿に貢献することを目指します。
 ARNAXは2重鎖RNAにDNAを付加した合成核酸で北海道大学発の知的財産です。当分野の使命は基礎研究、がん免疫療法のPOC, 前臨床試験を含む広い研究活動です。
 ARNAXの研究は2004年の免疫学分野創設以来、瀬谷司教授、松本美佐子教授のRNAに対する宿主免疫応答の解析に遡ります。RNAはそれ自体が遺伝情報の担い手ですが、自然免疫の活性化リガンドでもあり多彩な宿主炎症の担当分子でもあります。
 アジュバントは古来免疫を増強する物質の総称でした。細菌やウイルスのパターン分子が自然免疫を活性化することが証明され、免疫アジュバントは免疫活性化と炎症を誘起する、と言われてきました。しかし、実は免疫活性化と炎症は異なった機転で起きます。炎症は非特異的な全身反応で感染などの外因から宿主の非感染細胞を防御する応答です。これにはサイトカインなど全身に亘る液性因子が関与します。従って、副作用が伴います。一方、免疫活性化は樹状細胞が活性化して担当リンパ球を増殖する特異応答です。樹状細胞の活性化には局所のIL-12とインターフェロンが必要ですが、全身に及ぶサイトカインは必ずしも必要ありません。私たちは炎症を誘起する炎症アジュバントに対して樹状細胞免疫を起動するものはプライムアジュバントと呼んでいます。これまで、認可されたアジュバントは全てが炎症アジュバントです。私たちはプライムアジュバントの創製に携わる研究者になります。
 アジュバントと言えば炎症に伴う種々の副作用が想起されます。アラムなど無機物の炎症誘起剤がワクチンの添加剤として問題になることもあります。樹状細胞を活性化するアジュバントにそのような炎症はありません。がんなど生活習慣病への対応は高齢者が対象になり、炎症は明らかに増悪因子の1つです。高齢者のワクチンには炎症を抑えた免疫プライムアジュバントを開発することが健康長寿を支えるために必須となります。当分野は樹状細胞を標的とする非炎症性のアジュバントARNAXをがんワクチン、成人も対象となるワクチンの増強剤として開発することを目標とするものです。
 これから日本は未曾有の高齢化社会を迎えます。国の施策は長寿国の達成に成功しましたが、寝たきりや介護難民を増やしての物理的延命は健康寿命とは距離がありそうです。まず生きる幸せとは何かを問うことが重要な課題になります。健康はその課題の大前提です。私たちの研究は健康寿命を確保し、医療の改善に資することを目的とするものです。それは個人だけでなく、人類の将来に還元される措置だと信じています。
ワクチン免疫学分野は個人の営利ではなく社会の改善を目指すものです。身を削って次世代へ引き継ぐ目標を明確にし、目標達成を目指します。


参考資料

◇自然免疫から見た抗がん免疫(阪大学友会, 2009)